特別寄稿

 小雨舞う昨年12月13日、私たちは奈良県コンベンションセンターを訪れた。コロナ禍の中、2年前の4月に誕生したここは、校倉造り風の壁に唐草文様の絨毯と、随所に正倉院や天平文化にちなんだデザインの美しい会議場だ。
 今回の奈良訪問は国連世界観光機関(UNWTO)の「第7回ガストロノミーツーリズム世界フォーラム」に参加するためで、同行者は本居宣長記念館の名誉館長、松阪の旅館組合長、三重県の旅館組合長代理、三重ふるさと新聞の社長、そして、近畿日本ツーリストの職員である。
 ガストロノミーツーリズムとは、いわゆるフードツーリズムよりも少しばかり次元が高く、美食観光とも訳される概念で、基本は地産地消だが、B級グルメやジャンクフードとは縁遠い(私ならば「郷土料理探訪」と意訳するが)。
 このガストロノミーをテーマとした世界フォーラムは、2015年、2017年、2019年にスペイン、2016年にペルー、2018年にタイ、2021年にベルギーで開催されている。
 基調講演はプロジェクト粟の代表による「ガストロノミーツーリズムの未来へのビジョン」。代表によると、奈良には7つの風があるという。土地そのものが持っている性質『風土』。そこで営まれる農業や漁業による『風味』。その風土の中で風味を追求していくことで生まれる『風景』。自然と仲良く健康に生きていくための知恵『風習』。自然のものを活用しながら作られた生活工芸『風物』。生活文化である『風儀』。その6つの風のなかで培われる価値感とか心持ちである『風情』だ。
 続くセッションⅠは、「女性と若者。才能にスポットライトを当てる」と題し、発酵デザイナーさんと「été」のオーナーシェフによるパネルディスカッション。世界のほとんどの地域で、女性と若者がツーリズム労働力の大部分を占めているが、ツーリズムはエンパワーメント(能力開花)への道筋を提供することが証明されており、ジェンダーや年齢に応じた政策の開発により、違いを生み出す機会を最大化する必要がある。
 このセッションの目指すところは、女性と若者が生産的な活動に従事し、経済的機会をつかみ、社会に影響を与え、それによってツーリズムを変革するために必要なスキルと知識を女性と若者に提供することにより、永続的な遺産の構築を支援する次世代のツーリズムリーダーを称え、力を与えることにある。
彼らの住む地域社会だけでなく、あらゆる場所で、パンデミックの影響から包括的かつ回復力のある回復を確実にするために、これらの労働力が観光業で不釣り合いな影響を受けていることを投げ掛ける。
 ランチタイムを挟んで、セッションⅡではFOODLOSS BANKのCEOと、日本ガストロノミー学会設立代表、そして海外登壇者による「私たちの地球、私たちの未来…持続可能な食品」。
 食は、持続可能な調達、持続可能なメニュー、食品廃棄物の防止と削減を通じ、循環性と観光事業の変革への入り口を表す。しかし、多くの観光事業は世界市場から食料を調達しており、その結果、漏出や二酸化炭素排出量が増加している。また、ホテルでは購入した食品の最大60%を無駄にすることもあり、観光業では大量の食品廃棄物が発生している。この問題は、業界にとって年間ベースで1000億米ドルを超える損失を世界的に表しているが、食品プロセスの最適化と循環型アプローチの統合による節約の最大の機会の一つでもある。
 世界で生産される食料の3分の1が廃棄されているが、食品廃棄物に対する行動は、すべての人にとって最優先事項でなければなならない。ツーリズムにおける食品廃棄物削減に関するグローバル・ロードマップは、観光関係者が食品が決して無駄にならないように持続可能な管理を受け入れるための一貫した枠組みを提供する。
 そして、セッションⅢ は、「SDGs達成に向けた規模の拡大…UNWTOガストロノミーツーリズム・ピッチチャレンジ」の当選者発表だ。 UNWTOによる簡単なプレゼンテーションに続いて、起業エコシステムとその主要な利害関係者がどのように協力してSDGsを達成し、観光および食品産業の収益、規模、および持続可能性を確保できるかについての洞察を提供。第3回UNWTOガストロノミーツーリズム・スタートアップ・コンペティションで選ばれたファイナリストが、バスク・クリナリーセンター(BCC)と協力して聴衆にアイデアを売り込み、彼らのガストロノミーとツーリズムに基づくソリューションを政策、実際、地域社会、さらには持続可能な行動ができるかについてが紹介された。
 日本で開催となった今回の世界フォーラム参加者は、国内からが約300名と海外約150名で450名。ノーマスクも僅かにいるが、概ねは(外国人も含め)マスク着用だ。まさに相互理解の賜物である。来賓は国交副大臣に、観光庁長官、奈良県知事、そしてマドリッドのUNWTO事務局長。サプライズなことに、冒頭、観光庁長官によって、奈良県田原本町の取り組みと共に三重県鳥羽市のガストロノミーの取り組みも紹介された。それなのに三重県から来た出展ブースは名張市だけ。三重県はUNWTOの自治体賛助会員であり、それこそ山海の幸の宝庫であるにもかかわらずである(後日確認したら、三重知事ほか一名も招待されていたそうである)。
 別室に設けられた展示場では、大阪国税局や名張市等々、各地の酒を紹介するコーナーがみられる。今回のセッションにはなかったが、酒もガストロノミーの重要な部分である。例えば、三重県にしても数多の酒があり、それぞれが地政学的特性を有しているのだ。
 (OHMSS《大宇陀・東紀州・松阪圏・サイト・シーイング・サポート代表》)

 今回のアフターコロナ2度目の奈良訪問は、本居宣長記念館の名誉館長と松阪旅館組合長の同行となった。懐かしのオリジナル・メンバーである。行程は往路・復路ともに和歌山街道/伊勢街道に沿った国道166号線で、三重と奈良とを結ぶ街道の変化を私たちは目のあたりにした。高見峠を挟んで三重側には廃屋とソーラーパネルの乱立が目につき、奈良・吉野側には目立った変化はない。奈良側は西側斜面だからだろうか。車は宇陀市から国道166号線に入り、桜井・三輪山麓の茅原大墓古墳を経て奈良市内に到着した。
 JR奈良駅と猿沢池とをつなぐ奈良三条通りには、昨秋オープンしたモダンなアパホテルがそびえ立ち、ワシントンホテルは無症状・軽症患者の一時療養ホテルとなっていた。外国人観光客はほとんど見かけず、修学旅行生も少ない。老舗飲食店の閉店やテナントの入れ替わりも目立つ。奈良国立博物館のポスターを方々で見かけたが、「正倉院展」も予約制で当日券はない。
 シルキア奈良では、奈良市の観光協会に立ち寄り、旅行会社出身の元次長にお会いした。旧知の彼は鳥羽のマリテームをよくご存知だった。
 同じ階にある国連世界観光機関/アジア太平洋観光交流センターでは、副代表とプロジェクトコーディネーター、企画・渉外部長が迎えてくれた。私はツーリズムの方向性について私見を1時間ほど話す(話した内容は※から下の部分)。
 国内外から600人が集まる12月の世界フォーラムでのマスク着用の扱いついてお訊ねした。認識違いによる国内外ギャップに直面しそうだからである。
 国連世界観光機関からは、最新データのプリントアウトとフォーラムのパブリシティを受けとり、私は最新の新聞連載のコピーをお渡した。国際観光の回復の遅れが目立つのはアジアだけ。中国と日本の長期鎖国の為である。
 帰路には大宇陀にも立ち寄り、アフターコロナ活性化に向け、キーパーソンとの旧交も温めることができた(当地のまちづくり協議会謹製の初三郎俯瞰図を読み解く「神武天皇聖跡三國絵」は見事な出来だ!)。もっとお会いしたい方々がいるが、既に陽は西に暮れかけ風も冷たい。私たちは後ろ髪を引かれる思いでこの町を後にした。皆さまありがとうございます。次回の奈良訪問は、国内外から600人あまりが集まる12月の「ガストロノミーツーリズム世界フォーラム」だ。

 ※ロシアによるウクライナ侵攻で、世界の食料供給地図が大きく変わった。ロシアとウクライナは共に重要な穀物の輸出国で、両国が生産する小麦は世界市場のほぼ3分の1を占めている。日本の食料自給率がわずか38%、残りの消費カロリーはすべて輸入品頼み。円安容認下において食品価格急騰は不可避である。
 そもそも、日本の食料自給率は1965年の73%から低下の一途をたどり、現在は主要国で最低水準だ。とりわけ、83%が輸入の小麦、78%が輸入の大豆、97%が輸入の食用油などは海外依存率がきわめて高い。2022年5月、危機感を持った自民党議員団は、日本の食料安全保障の強化を政府に提言。その1カ月後には岸田首相が「新しい資本主義」の実行計画を決定。国内農業の再生を目的に、新技術を導入し、若い世代を農業へ呼び込むための施策がそこに盛り込まれた。
 日本政府は取り組みの一環として、農林水産物の輸出額を2021年の1兆2000億円から、2030年までに5兆円に引き上げることを目指す。これは2019年の旅行収支の受取額4万9324兆円に匹敵する。
 とはいえ、農産物の場合、単純に生産量を増やせばいいわけではない。作物を育てるには、肥料が必須である。だが、日本は肥料も海外頼みで、輸入依存度は75%にものぼる。主要な肥料の価格は、EUが炭酸カリウムの主要生産国ベラルーシに対して人権侵害を理由に経済制裁を発動し既に急騰していた。肥料輸出大国の中国とロシアが国内供給を守るという名目で輸出規制に踏み切ったためである。そこへウクライナ侵攻が始まったのだ。
 今のところ日本は主要な肥料原料について、モロッコやカナダと取引することで地政学的な障害を回避している。だが、ファイナンシャル・タイムズによると、このまま輸入価格が上昇し続ければ、日本は中国などの購買力の強い国に太刀打ちできなくなるといわれている。これは日本国民の腹だけ数えれば当然である。少子高齢化により、益々それは先細りするからだ。
 この点において、サービス貿易の輸出にあたるインバウンドの回復は、国際収支の改善のみならず、円安にも歯止めがかかる。マスク着用が自由化されれば尚更だ。そして、ガストロノミーツーリズムの推進は、スケールメリットによる購買力の強化や、農業政策への追い風にもなる。米国のように、モノ貿易を卒業してサービス貿易で立国するには、インバウンドしかない。国連世界観光機関のデータによると、米国のツーリズム収入2140億ドル(約23兆円2019年)は世界一だ。
 ちなみに、大和総研によると、新型コロナウイルスの感染拡大がなければ、2021年には約3540万人(消費額4・5兆円)、2022年には約4350万人(消費額5・7兆円)が訪日していたとのことである。
 (OHMSS《大宇陀・東紀州・松阪圏・サイト・シーイング・サポート代表》)

1・テン・ミリオン計画

昭和62(1987)年9月、「海外旅行倍増計画」(テン・ミリオン計画) が策定された。ここでは、前年時点の日本人海外旅行者数552万人をおおむね5年間で1000万人に倍増することが目標とされた。
この計画は、「1980年代の日米貿易摩擦が激しい頃、日本のドル減らしを直接の目的として構想された」ものであり、当時、我が国の貿易黒字の大きさが米国等から批判されたため、その対応として積極的に海外旅行を促進した珍しい政策と評価されている。
具体的な施策として、①海外旅行促進キャンペーン等の実施、②海外における日本人観光客の受入環境の改善、③海外旅行促進の環境整備、④航空輸送の整備、⑤外航客船 (クルーズ船)旅行の促進、⑥「海外旅行促進フォーラム」の活動の推進が掲げられた。このうち、若者のアウトバウンド観光に関係する施策としては、③海外旅行促進の環境整備の中で、海外修学旅行の促進が挙げられた。
また、⑥海外旅行促進フォーラムは、テン・ミリオン計画を民間サイドから支援するために、旅行業者、航空会社、観光関連事業者、地方自治体、外国政府観光機関等によって昭和62年(1987)11月12日に設立された会議体で、その幹事会の下に海外修学旅行懇談会が設けられた。
このように、計画全体の背景として貿易摩擦の解消があるが、海外修学旅行の促進の背景には、「感受性の豊かな若い時代に外国の土を踏み現地の人々と接触を持つことは、人生経験として極めて有意義であって、日本人の国際化に資する」という考え方があった。

2・観光交流拡大計画 (Two Way Tourism )

平成3年(1994)7月、運輸省は「観光交流拡大計画」を策定した。テンミリオン計画の目標であった海外旅行者数1000万人到達が前倒しで達成され、新たな計画が必要となったことが背景にあるとされる。
「ポスト・テン・ミリオン」とも称されたこの計画では、インバウンドに軸足を置きつつ、インバウンド・アウトバウンド双方向の観光交流の拡大やアウトバウンド観光の質の向上が目指されていた。このうち、若者のアウトバウンド観光に関する施策としては、テン・ミリオン計画に引き続いて、海外修学旅行の促進や相手国の若者との交流の場の拡大が盛り込まれていた。

以上は、国立国会図書館調査及び立法考査局のドキュメントからの抜粋である。
この計画の背景には、日本製品の輸出拡大による貿易不均衡問題がある。つまり、工業製品輸出で潤う産業界のために、観光客を差し出し、地域観光経済や国内旅客輸送にはダメージを与えていたのだ。国際収支の上で、コロナ禍とインターナショナル・ツーリズムが表裏一体の関係にある事は前回書いたが、モノ貿易とインターナショナル・ツーリズムもまた表裏一体の関係なのである。
また、東日本大震災によって福島第一原発が爆発した2011年、当時の政権は、震災・自粛ムードに疲弊した地域観光経済を尻目に空前のアウトバウンド(海外旅行)・ブームを仕掛けてもいた。
その背景には、一時76円台にまで急騰した円高があるが、旅行業界はこぞって海外送客に勤しみ、この年のアウトバウンドは1699万4200人を数え、旅行収支は受取8752億円、支払2兆1716億円で、1兆2963億円の赤字となった。
残念ながら、日本の観光業界は世事に疎い。長らく不要不急産業との揶揄に甘んじてきたからか、業界としての力が弱いのだ。だから皺寄せが来るのである。
(OHMSS《大宇陀・東紀州・松阪圏・サイト・シーイング・サポート代表》)

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