女の落書帖

産直で珍しい果物を見つけた。ポポーという名前だけはどこかで聞いたことがあったが、実物は初めて。アケビみたいな形で黄緑色をしている。食べてみたら、熟したバナナかマンゴーみたいな濃厚な味。森のカスタードクリームと言われるのも納得だ。
産直には、スーパーにはないものがある。スクナカボチャやロロンカボチャを知ったのも産直。ヒモナスや白ナスを知ったのも産直。個性豊かな野菜を買うことができる。
それで、一週間に一度は産直に行く。珍しい野菜があればとりあえず買う。地元産の野菜を袋一杯買い込むのが私の習慣だ。
産直の品は、スーパーのように規格品の野菜ばかりではない。小さな傷があったり、サイズが不ぞろいだったりもする。でもそれは当たり前。そもそも野菜とはそういうものだろう。虫食いの一つや二つあったとしても、農薬が少ないと私はプラス評価をする。
一つひとつに生産者の名前があるのがまた良い。森さんの野菜はいつも出来が良いとか、石垣さんの蕪なら間違いないとか、何度も買ううちに名前を覚えていく。会ったことはないけれど、近しい人のように感じる。
産直は生産者と消費者をつなぐ店。安くて美味しい地元産の新鮮野菜が手に入る。生産者の方も求められる喜びを実感できるだろう。近くにあれば毎日行きたい。   (舞)

朝夕は涼しい風も感じられるようになった。暑くて雨が多くて不安定な夏ももう終わる。暑い時期は麦茶やほうじ茶を冷まして飲んでいたけれど、そろそろ温かい緑茶にしようと思う。
台所に立つのは暑いけれど、お湯を沸かす。沸騰した湯をゆっくり冷まして急須に注ぐ。それをまたゆっくり待ってから温めた湯飲みに注ぐ。普段使いの茶葉でも、ゆっくりを重ねて入れると甘味うま味のあるお茶になる。
ところが夫は熱々のお茶が好き。火傷しそうなお茶をフーフーしながら飲むのが好き。そういえば、義母も熱いお茶が好きだった。子どもの頃の習慣は何十年経っても変わらない。育った家の好みが受け継がれていく。
別の家庭で育って、その後生活を共にするのが夫婦。それなりに仲が良いつもりでも、こういう好みの違いはどこまでも埋められない。どちらが正しいと決められない事柄だからこそ、どちらも譲ることができない。
それで、我が家では熱いお茶の時と、温いお茶の時がある。私は気分によって、お茶の入れ方を変える。時間があれば温いお茶を、忙しければ熱いお茶を。夫婦の暮らしはお互いの妥協の積み重ねなのである。
こんな二人の間で育った子どもたちはどうかというと、コーヒーメーカーとペットボトルで暮らしている。子どもの頃の習慣はどこへ行っただろう。     (舞)

あっと思った時にはハサミが突き刺さっていた。頑丈にテープが貼られた段ボール箱を開けようとした時のこと。二重に貼られたテープはハサミを当てても固くて、力いっぱい押したらするっと滑り、その先に左手の人差し指があった。
みるみる血が噴き出してぼたぼたと落ちた。痛さよりも驚きで、自分の指を眺めた。深く刺してしまった。こんなけがをしたのは久しぶりだ。傷口を水で洗ってティッシュで抑え、その上からゴム手袋をはめて縛り止血した。
ゴム手袋が透けて真っ赤になったティッシュが見える。でもしばらくしたら血は止まった。止血用のゴム紐を緩め、ティッシュを替えて手袋のまま半日を過ごした。左手でも指のけがは不自由だ。料理にも掃除にも左手を使っていたことが分かる。
ゴム手袋を絆創膏に替えて三日で外した。触っても出血する様子はない。傷痕はくっきりとあるものの、痛みはほぼ去った。
皮膚が伸びて傷口を塞ぐ。一週間経った今、化膿してないし、押さえても痛くない。何の薬も使わなかったのに、自然に治った。それが不思議でもあり、見事でもあると思う。
医療が今ほど整わない頃でも、人は病気もけがも乗り越えて命をつないできた。身体や心が傷ついた時、自身で治して行く力が人にはある。生き物の持つ治す力は素晴らしいと思う。    (舞)

[ 1 / 63 ページ ]12345...102030...Last »